ポーランドの姉弟フォークデュオ Kwiat Jabłoni クヴィアト・ヤブウォニ がポーランドのワルシャワ蜂起78周年を記念したアルバム『Free Hearts』を発表しました。
78周年というキリのいい年とは言えない年にこのアルバムを発表したのは、おそらくロシアのウクライナ侵攻への非難、そしてあらゆる抑圧に対する音楽での抵抗を示すためだと思われます。
W obliczu trwającej inwazji Rosji na Ukrainę wybrzmiewa z podwójną siłą.
ロシアの止まらないウクライナ侵略に対して(このアルバムは)二重の意味をもたらします。
今回はこのアルバムや、ポーランドの重い歴史の一部であるワルシャワ蜂起について交えながら【ポーランド×自由×音楽】というテーマでまとめていきたいと思います。
日本ではウクライナ侵攻への関心が薄まり、報道も少なくなりつつある日々。
彼らの音楽を聞くことで、今一度何かを感じて頂けたら幸いです。
姉弟フォークデュオ Kwiat Jabłoni
Kwiat Jabłoni クヴィアト・ヤブウォニは、ポーランドを代表するフォークデュオです。
姉の Kasia Sienkiewicz(カシャ・シェンキェヴィチ)・弟の Jacek Sienkiewicz(ヤツェク・シェンキェヴィチ)にて2018年にワルシャワで結成。
デビュー曲『Dziś późno pójdę spać (今夜は遅く寝るよ)』で鮮烈なデビューを飾りました。
▶Dziś późno pójdę spać
主にヤツェクが作詞作曲を、カシャがピアノを担当しています。
幻想的なフォークミュージックに加え、ほとんどの曲で二人のコーラスが印象的に響き渡ります。ちなみに彼らのお父さんもポーランドを代表するロック歌手です。
彼らはこれまでにも興味深いコラボやコンサートを主催&演出を手掛けており、個人的に「これぞポーランドのアーティスト」というような独創性感じる大好きなミュージシャンです。
▶Kwiat Jabłoni ft. Ralph Kaminski - "Wodymidaj"
ポーランド音楽界のビッグネームラルフ・カミンスキーとコラボ。
音楽的土壌がまったく違うのに、互いにすっかり溶け込むのもさすが。そして曲が良すぎなんだな。
彼らの音楽はとにかく曲!!そしてその見せ方が抜群です。
ぜひヨーロピアンフォーク、そしてポーリッシュフォークに興味がある方は二人の音楽を聞いてみてください。自信をもってオススメです!
彼らの音楽については過去の記事でもご紹介しています。
アルバム『Free Hearts』
そんな彼らは、2022年7月22日アルバム『Free Hearts』をリリース。
ワルシャワ蜂起78周年を記念して、様々なアーティストを招いての仕上がりになっているそうです。
▼収録曲の一つ『Nie,Nie,Nie』。
Kwiat Jabłoni-Nie,Nie,Nie(No,No,No)
参加アーティストは、IGO、Jucho、Kasia Lins、Kuba Kawalec、MIUOSH、Natalia Grosiak、Natalia Kukulska、sanah
と、今のポーランドを代表する素晴らしいアーティストばかり。
このアルバムは制作や演出にKwiat Jabłoni が全面的に関わっており、彼ら自身がゲストアーティストを選出したとのこと。
sanah とは直近でもコラボしていたので、実は伏線だったのかな。
ちなみに『Nie,Nie,Nie』は同じくポーランド出身のロックバンド T.love が2001年にリリースしたオリジナルのカバー。
独裁や戦いに対してNOを突き付けるプロテストソングです。
▶T.love-Nie,Nie,Nie
淡々と刻まれるリズムがかえって印象的に響きます。
ワルシャワ蜂起とポーランド音楽
像の兵士も全員痩せこけているのが痛々しい……
ワルシャワ蜂起
ワルシャワ蜂起とは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツの侵攻及び壮絶な迫害を受け、自国を守り解放するためにポーランド国民が決死の覚悟で起こした戦いです。
1944年8月1日17:00、蜂起は実行されました。
ポーランド国軍は元より国民一丸となって戦ったこの戦いは、ロンドンにおける亡命政府協力のもと、敵対していたソ連も当初は共闘するという形で計画されています。
ポーランドから見ればナチスもソ連もどちらも敵であることに変わりはなかったのですが、まずはナチスを何とかしなければならないという苦渋の決断だったことでしょう。
しかし1939年において独ソ不可侵条約、及びナチスドイツとソ連が密約を交わした秘密議定書はすでに結ばれており、その結果は筆舌に耐えがたいものとなります。
決死の抵抗を行ったポーランド蜂起軍(市民含む)でしたが、その犠牲は18万~25万人。対するナチスドイツ軍は1万7000人。
共闘を呼びかけていたソ連がワルシャワに入ったのは、街の全てが壊滅状態になってからでした。
ナチスは抵抗を見せたポーランド国民に対しあらゆる略奪・暴行・虐殺を行い、戦いに参加した者の多くは処刑されました。
63日間に及ぶこの壮絶な結果は、ホロコースト同様に人類の負の歴史となり激しい悲しみと供に今でも語り継がれています。
こちらは第二次世界大戦中~共産主義崩壊まで、ポーランドの壮絶な戦いを記録したアニメーションです。全編ポーランド語で英訳もないのですが、細かくアニメで再現されているので見応えがあります(約4分)。
1943年にはワルシャワ・ゲットー蜂起が起こっていますが、こちらはゲットーで暮らすユダヤ人レジスタンスによる武装蜂起です。ワルシャワでは激しく悲しい蜂起が連続して起きていることになります。
ワルシャワ蜂起も、ワルシャワ・ゲットー蜂起も、当初から圧倒的不利が分かったうえで実行されました。おそらくソ連の協力も鵜呑みにしていたわけではないでしょう。
それでも戦うことを選んだポーランド国民やユダヤ人たちに対して、私たちは何を思いどう考えるべきなのでしょうか。
人間としての尊厳や国への誇りが脅かされたとき、人間はどう振舞うのか、心にはどういった感情が湧いてくるものなのか。
ワルシャワ蜂起は常に私たちへ問いかけているように感じます。
ワルシャワ蜂起については、こちらの記事を参考にさせて頂きました。
ワルシャワ蜂起 〜ドイツに立ち向かった63日間〜 | ポーランドなび -WITAM!-
ポーランド音楽のエッセンス
ポーランドは文化・芸術がとても盛んな国です。
こちらではこの国が育んだ大切な音楽的エッセンスを簡単にご紹介します。
Fryderyk Franciszek Chopin
言わずと知れたピアノの詩人フレデリク・ショパン。
有名な『革命』は1831年、ロシア帝国からの独立を目指すワルシャワ蜂起失敗を受け、怒りと悲しみのなか作曲されました。ロシアからの独立の歴史は繰り返されています。
深い悲しみと激しい慟哭をあらわしたこの曲からは、ポーランド解放と独立を狂おしく求めた燃えるような叫びが聞こえてくるようです。
Polonez i Mazur ポロネーズとマズルカ
ポーランド音楽の民族舞踊に代表されるのが “ポロネーズ” と “マズルカ” です。
古くから愛される民族音楽ですが、ショパンによってクラシックに格上げされたジャンルでもあります(ショパンの仕事ぶりよ…)。
どちらも3/4拍子でワルツ形式ですが、一言で言えばポロネーズは宮廷式でおしとやか、マズルカは大衆的でノリやすいリズム感が魅力です。
一説によるとポーランド国民なら誰もが踊れるそう!?
▶マズルカ
何と言っても有名なのはポーランド国歌『ドンブロフスキのマズルカ』!!
ドンブロフスキ将軍は18世紀末に国の独立を指揮したポーランドの国民的英雄です。ポーランドが国として領土を失い、国家として消滅したという最も危機的状況にあった頃に活躍しました。
“我々は再び国民になる”という歌詞はいつ聞いても心が震えます。
ドンブロフスキはイタリアでポーランド亡命軍人を率い、この曲は彼らの軍歌として愛され、第一次世界大戦後には国歌となりました。
ナポレオンは当時ポーランド側から見ると友好的な為政者だったため“ボナパルトと一緒ならオーストリア(当時の強敵)にも勝てる!”ということで歌詞に登場しています。
ポーランド亡命軍はナポレオンの指示のもと各地で戦い、それが後のワルシャワ公国の建国につながっていくのですが、その後ナポレオンのロシア遠征失敗を受け、領土は再びプロイセンとロシアによって分割。1807-1813という束の間の国家でした。
書いていても気持ちが重くなってくるほど、ポーランド~バルト三国~ウクライナなどの所謂「東欧地域」では、これでもかこれでもかと苦難の歴史が連続する時代です。
ヨーロッパが奏でる自由への音楽
かつてのワルシャワはナチスの爆撃で、原形を残さない廃墟と化しました。
けれど戦後、かつての美しい街並みをとどめた一枚の写真によって、壁の傷やヒビの一つにいたるまで細かい部分をそのままに再現・復興できたと言います。
写真という一つのデータが銃や砲撃を超越した、今でも心が熱くなるエピソードです。
データといえばバルト三国の一国、エストニアでは国家のサーバーを外国に数か所設け、オンラインによるデータ大使館を既に確立させているそうです。これは非常時には亡命政府として使用できる可能性もあります。
以下の記事による言葉がとても印象的でした。
“もし国土が失われ国民がばらばらになったとしても、データさえあればいつか国は再興できる”
また1980年後半にはバルト三国において『歌う革命』や『人間の鎖』など、国家の自由と人間の尊厳を訴える大規模な文化的デモが発生しました。
▶The Singing Revolution(戦中のご遺体が映りますが是非ご覧頂きたい動画です。約2分30秒。)
もちろん、この動きにはソ連の弱体化や各国政府が関わる色々な事象が絡んできていると思います。
けれど国民自らが声をあげ、周囲を巻き込む大きなうねりとなったこの一連の訴えは、テレビ映像を通して世界のビッグニュースとなりました。
おそらくそれまで「ソ連の一部でも何となくは生きられているんだろう…」などと考えていた外部の人間もいたのではないでしょうか(きっと当時の日本の雰囲気もそうだったと思います)。
そんな考えを一蹴するような大きなエネルギー。
必死の叫び。
自由への歌声。
同じように生きているように見えても、何かの制限の下「生かされている」ことと、自らの意志で「生きたい」と思うのでは、個人も国も未来も何もかもが違って映るはずです。
時が経ち、どんなに技術が発展しても、抑圧に対して私たちに出来ることは限りなく少ないのが現実です。
けれど「聞いて」「応える」というアクションは、今も昔も変わらず出来る行為ではないでしょうか。
ウクライナの報道が薄まりつつあるなか、そんな現状に喝を入れるように私の耳に飛び込んできた Kwiat Jabłoni の音楽。
私自身、これを機にもう一度世界の現状と向き合ってみたいと思いました。
情報については近づいては離れて…の繰り返しになってしまうことになりますが、それでもあきらめてしまうよりは良いはずなのだと信じ、今後も音楽を通して【世界の今】について書き続けていきたいと思います。
▶他ウクライナ関連、戦争に関する音楽記事はこちら。
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ここまでお読みいただきありがとうございました!
今後も色々な音楽を聞いてブログに書いていきたいと思いますので、お時間があるときにおつきあい頂けたら嬉しいです!
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