私にとってイギリスのフォーク・リバイバルにおけるトラディショナルフォークバンドの四天王。
それはフェアポート・コンベンション、スティーライ・スパン、インクレディブル・ストリング・バンド、そして今回ご紹介するペンタングル Pentangleです。
聴けば納得して頂けるかもしれませんが【英国トラッドの深い森】とはよく言ったもので、一度聞いてしまうとその魅力に落ちる者は坂を転げ落ちるように無限に落ちてしまいます(とくに歴史好きは危険)。
今回はそんな奥ゆかしくも、西欧音楽史において大きなターニングポイントとなったトラディショナルフォークバンドについて、そしてその中の重要バンドの一つであるペンタングルについてひっそりと書かせて頂きたいと思います。
イギリスにおけるフォークリバイバル
トラディショナルミュージックとは全般的に直訳そのままの「伝統音楽」を指します。日本では各地に伝わっている民謡や盆踊りの節、一般的に最もピンとくる沖縄民謡などもこれに該当します。
日本では「地方的」「(いい意味で)古い」という、どちらかというと非都市的な印象を受けるこれらの音楽ですが、イギリスをはじめ西欧諸国では、この伝統音楽に対する新たな解釈、そして伝統そのものの進化に国をあげて大きく熱を入れた時代がありました。
それが1950~70年代のフォーク・リバイバル期です。
18世紀末から各地の伝承歌が収集され、1950年にはBBCラジオによるフォークソングに特化したプログラムの放送もはじまります。
1960~70年に活躍したペンタングルをはじめ各トラディショナルバンドは、これらの動きに呼応した形であらわれたバンドであり、最終的にはフォーク・リバイバル第一章の最後を飾る、大きな本流になった西欧音楽史において非常に重要なバンドです。
各バンドのミュージシャンは様々なところで互いに交流があり、メンバーによっては人気バンドの間を渡り歩いたり、超短期的に活動したりと、何かと忙しない印象も。
けれどその交流のなかで更に音楽的な進化が深まっていくことが、フォーク・リバイバル期の音楽の特徴でもあります。
何がすごいの?
これらの音楽の何がすごいか。
それは「中世期のルネッサンス」を想像して頂くのがイメージ的に一番近いかもしれません。
ご存じのとおり、中世ルネッサンスはギリシャ/ローマ時代の文化復興を目的にした一大センセーションだったわけですが、音楽的にそれとほぼ同じことが起こったのがこのフォーク・リバイバルでした。
イギリス国内にもとより存在する伝承歌に現代的なギターやベースなど、バンド的なインストゥルメンタルを加え(それまでは歌唱のみの伝承が主だったため反発もあった)、完全にオリジナルなフォーク(ロック)ミュージックを構築。
自分たちのルーツや歴史を音楽を通してもう一度見つめ直そうという動きは、その音楽に共感したアーティストたちによって広がり、大きなムーヴメントとなっていきます。
雰囲気は中世の面影そのままに、サウンドはまったく現代的(のちにエレクトリックサウンド化も)という、トラディショナルミュージックのトランスフォームに見事成功したのがイギリスのフォーク・リバイバルです。
もちろん芸術に完成はありませんから、この時点でトラッドソングの第二形態とでも言いましょうか。
伝統文化の再復興という芸術的にも歴史的にも大きな意義をもつため、現在でもこのフォーク・リバイバルに対する評価は総じて高いとされています。
トラディショナルフォークのジャズ担当 ペンタングル
フォーク・リバイバルと一言でいっても、この時期の各バンドにはまったく異なる特色があり、それがこのセンセーションのすごいところでもありました。
フェアポートのようにアメリカのサウンドに影響を強く受けたもの、インクレディブルのようにサイケ色を取り入れたもの…。
なかでもペンタングルはジャズ、ブルース要素に強いバンドと言われています。
バンドメンバーの音楽ルーツが多岐に富んでいるため、彼らの思う「トラディショナル」がジャズに落としやすかったようにも見受けられます。
主なメンバーの音楽ルーツは
- ジャッキー・マクシー(ヴォーカル)…トラディショナル
- バート・ヤンシュ(ギター)…ブルース、コンテンポラリー
- ジョン・レンボーン(ギター)…古楽
- ダニー・トンプソン(ベース)…ジャズ
- テリー・コックス(ドラムス)…ジャズ
となっており、上記の「Light Flight」を聞いてもこれらの要素が見事に融合しているのが分かります。
とくにバート・ヤンシュ、ジョン・レンボーンの二人は、ペンタングルというバンドの枠組みを超えてフォーク・リバイバルのなかでも重要人物になるので、今後イギリスのフォーク音楽を聴く際に頭の片隅に置いて損はないミュージシャンだと思います。
Pentangle - Willy O Winsbury (Set Of Six ITV, 27.06.1972)
とくにサードアルバム『Basket of Light』は全英アルバムチャート連続28週10位内という、商業的にも成功した作品。
この時代、このジャンルを代表する名盤ですので気になった方はぜひお聞きになってみてください。
筆者は学生時にそれはもう何度も何度も聞き続け、バイト疲れで「The Cuckoo」を聞きながら机につっぷしていたところ、家族に「黒魔術でもやってるのかと思った…」と言われた苦い過去があります(私にもペンタングルにも失礼だろ!)。
先にふれたように、これらのバンドは交流を繰り返しバンドを抜けては入ってを繰り返していたため、完璧なオリジナルメンバーの再結成という定義そのものが難しかったりします。
しかし2011年にバート・ヤンシュ、2015年にジョン・レンボーンが他界すると、さすがにそれが音楽的に決定打となってしまい、2016年リリースのライヴアルバム『Finare』を最後にペンタングル名義のアルバムは発売されていません。
おすすめ曲
トラディショナルソングを代表する有名な曲。
様々な歌手によって歌われており、ジョーン・バエズ版なども有名です。
ジャッキーのトラディショナルさを失わないギリギリのラインで、ジャズ的な小粒の音を並べる匙加減がすごい。
中盤から後半にかけてのエキゾチックでサイケ的展開にも非常にマッチしています。
個人的にこの曲で一番好きなバージョン。
ファーストアルバム『The Pentangle』(1968)収録 。
プロデューサーはキンクスなども手掛けたシェル・タルミー。前述の名盤『Basket of Light』も担当しています。
印象的なイントロにはじまり最後まで一貫した世界観のまま、ジャズやブルースなどのビートセクションも際立つ、とてもバランスに優れた作品になっています。
このアルバム自体の評価も高く、さぞかし鮮烈なデビューだったであろうと思います。
ペンタングルは技巧的な面も評価されていますが、素朴を素朴のまま表現することにも長けたバンドです。
とくにジャッキーのヴォーカルは聞き手になんのプレッシャーもかけることなく訥々と流れ、このバンドのトラディショナル要素を支え続けました。
おわりに
以前の記事で少しふれたように、学生時にトラディショナル・ミュージックを聞くようになった私ですが、一番はじめに出会ったのがこのペンタングルでした。
彼らの音楽をはじめイギリスのフォーク・リバイバル期の音楽には、わたしが求めていた「過去を生きた人の思い」がそのまま生きている曲が多く、さらに音楽が現代的というおまけ的ラッキーさもあり、一時期とても熱中し聞きまくっていた曲がたくさんあります。
現在と同じような感覚で共感できるものもあれば、中世特有の残酷さや哀しさなども残っていて、今聞いてもとても興味深いものばかりです。
実は、今回この記事を書くにあたりペンタングルの公式YouTubeチャンネルがあることを知りとても驚きました(笑)。
好きでありながら「そんなバカな」という思いでしたので(失礼すぎ)、一番好きなフェアポートのチャンネルが創設されるのを願いつつ、これからも過去の音楽(を演奏する過去の音楽)が多くの人にふれる機会が増えればなぁと思った次第であります。