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【痛みと強さ、歌い続ける】Christina Aguilera『Beautiful(2022ver)』とオリジナル比較まとめ

Beautiful

 

 

Christina Aguilera の代表作『Stripped』は、2022年10月22日で発売20周年を迎える。

それを記念してアルバムの代表曲であり、更には数ある名曲のなかでも アギレラ自身を体現しているような一曲『Beautiful』が、装いを新たに2022年バージョンで公開された。

 

Christina Aguilera-Beautiful(2022 Version)


www.youtube.com

“Tune out and turn in. Take your space, log off, put your mind, body, and soul first.”

とあるように、ソーシャルメディアにおける人間の心と体、そして他者とのつながりについてをテーマにしたビデオとなっている。

どうやら『Stripped』20周年と共に、毎年10月10日に記念されている「World Mental Health Day」を祝福する二重のプロジェクトらしい。

▶World Mental Health Day 2022

 

今回は2002年にリリースされたオリジナルのビデオと今回のビデオを比較し、20年のあいだ彼女が歌い続ける痛み、そしてその向こう側にある強さについて簡単にまとめていきたいと思う。

 

 

Strippedについて

アルバム『Stripped』はクリスティーナ・アギレラ二枚目のオリジナルアルバムである。

ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で2位を記録するなどセールス面でも好調だった作品で、それ以上に彼女のアーティストとしての転換期となったアルバムとして有名だ。それも明瞭に。

アメリカのアイコンとしてかわいく爽やかに歌い、踊る歌手としてデビューした彼女だったが、このアルバムではその姿を一新。ダーティーで強く、自立した女性像を全面に出し、ファッションや言動も本人の意向そのままを映し出していた。

メディアでは賛否両論もあったがファンにはとても好意的に受け入れられており、彼女にとってもファンにとっても核となるアルバムだ。

www.huffingtonpost.jp

 

2022年バージョン

以下にざっと印象に残ったカットをまとめてみた。

  • 冒頭、子どもは常にあらゆる「情報」に囲まれている
  • 美しいとされるものを「撮って」いく行為が多く映される
  • 撮られることで、対象のビフォー・アフターがオンライン上に記録される
  • 「正しい」とされる形にメイクアップし、整形される子どもたち
  • 筋骨隆々の黒人男性がダンベルを持ち、こうであれと少年を叱責する
  • 詰め物をしてバストアップをはかる少女
  • 剃刀を傍らに、何か大量の薬を服用する青年
  • 薬の自販機の前で佇む少女

後半の流れはオリジナルと同様で、大サビ手前で子どもたちは「何かおかしい」とその場から立ち去り(または救いの手が伸ばされ)、外で大勢と遊ぶ姿が映し出される。

三人の少女のカットで本編を締めるところは、これまで長年にわたり少女たちへのサポートを続けてきたアギレラのこだわりも感じられた。

そしてスマホから血が流れ “This needs the change” の文字で終幕となる。

 

何が正解か分からないまま、大人が「美しい」と定義したものをバンバン撮りオンラインにあげていく様はオリジナルにはなかった着眼点で、ただでさえ複雑な青春期がより混沌としてしまう危険性を感じた。

全体を通してくすんだトーンの「青」を背景にしているのも、本来はティーンのみずみずしくあるべき部分が機械的に、または無機質に歪曲されてしまっているようにも見え印象的だった。

 

2002年オリジナル

一方こちらは2002年に公開されたオリジナルのPVである。


www.youtube.com

  • ダンベルでトレーニングするやせ型の少年
  • 拒食症を思わせる薄着の少女
  • 酷いいじめにあう女の子
  • たくさんのファッション雑誌を見つめる少女
  • 強面に見えるパンクロッカーの青年
  • 部屋のなかで女装をするおじさん
  • 街中でキスをするゲイカップル

こちらも後半は主人公たちが何とか今の環境を打破しようと、笑ってみたり鏡を打ち砕いたりと「自分を愛そう」と試みるカットが入る。

けれど印象的なのはその後で、そうやって立ち上がってみても彼らの表情は浮かないままエンディングに入ってしまう。頑張っても現実は劇的に変わることはなく、歌詞のとおり“Don’t you bring me down today”のまま終幕となる。

 

共通点・相違点

ダンベル、モデル…変わらないアイコン

一番印象的な共通点は「男性は男性らしく、女性はより美しく」という社会の曲がったメッセージを表すアイコンが、「ダンベル」「ファッション雑誌」「モデル」のまま今回踏襲されたことだ。

20年経っても相変わらず「性に対するらしさ」というのは私たちのなかでけっこうなウェイトがかけられており、口では「ふくよかでもやせ型でも美しい」と言っていても、結局自分が選択するとなったら周囲の目が気になる…という雰囲気はまだ全然あるように思う。

まぁ口で言うだけ進歩したと捉えるべきだろうが、ダンベルとモデルという二つのアイコンを変えなかったその意図については考えたくなってしまう。

 

私を見ないで、という選択肢

オリジナルはアギレラのつぶやき「Don’t look at me」から始まる。

対する2022バージョンは、自分が望むと望まざるに関わらず「自身を見せる」ことが既に決まった社会。今の子どもたちにとってはそれが当たり前だ。

隠したいこと、知られたくないこと、過ちのある過去…それらは私たちの人生の一部であるはずで、逆に人としてなくてはならない必要不可欠な部分でもある。とくに子どもなら、誰に対してであっても善人を演じる必要なんてない。

自分を表現することはとても大切だけれど、表現したくない自分があっていいこと、隠れたり逃げたりすることも大切な選択肢の一つだというメッセージも、2002バージョンとの比較で強く感じた。

 

子どもたちに用意しなかったエンディング

前述のとおり、2002バージョンは「現実は変わらない」または「この日常はどうしても続く」ということを示唆し、それでも「自分が変わることで変化する何かもある」ことを希望に、音楽は幕を閉じる。

けれど2022バージョンは現実的な視点を排除し、子どもと自然という希望的なシーンで本編が終わる。

あくまで子どもたちの未来は予測不能で、大人としてはその希望を後押ししなければならないという、アギレラ自身の願望も乗せた終わり方だったように思う。

 

痛みも強さも…自分の声をよく聴いて

最近、アギレラは全編スペイン語の『No Es Que Te Extrañe』(恋しいわけじゃない)にて、幼少期の父親に向けて内なる思いを歌った。


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これまでも母親とともに父親から暴力を受けてきたことを歌ってきた彼女だが、それは主に共闘関係にあった母親への感謝・同情についてだった。

それが今回初めて父親に焦点をあて、少女時代の感情そのままに素直な気持ちを赤裸々に歌っている。

 

“恋しいわけじゃない 知りたいだけ”

“答えのないだろう聞きたいことが たくさんある”

そんな歌詞やPV中の父親のジャケットをはおる描写からは、アギレラ自身が受けた痛み、そしてどこかの瞬間でそれを受けいれ、自身のために父を許そうとする強さが伺える。

「父親なんて関係ない!」と歌うことも強さかもしれないが、未だに過去に囚われながらも、何とか自分が納得できる出口を見つけたいと赤裸々に歌い乞うこともまた強さなのではないだろうか。そしてそれは、同じような境遇の聞き手にとってこれ以上ない慰めにもなるなずだ。

 

ちなみにそんな境遇のなか、アギレラは当時ミッキーマウスクラブの大人気子役として、ブリトニーたちと華やかに活動していた。この時すでに彼女がこの過去を背負いながら、この世界で「歌い続けていく」覚悟を決めたのかと思うと、その歌唱も心に沁みるものがある。


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また、Beautifulの新バージョンに続き「I will be」も公式に公開。


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ドイツ・イギリス・アメリカ版の「Dirty」シングルカットのカップリングで、日本では公式に聞くことができなく残念に思っていた曲だ。

ピアノとボーカルのみのシンプルなゴスペルだが、アギレラの歌うことへの決意表明のような一曲。

個人的に大好きな曲だったので、今回こうして公式発表されてとても嬉しかった。

 

 

最後に。

私がアギレラという歌手に惹かれる最大の理由は、常に痛みと向きあい、自分の本当の声を聞こうとする姿勢にある。

大人になって妥協することも出来るのだろうがそれをせず、不条理だらけの世の中でせめて自分の心には不条理を残そうとしない姿勢が好きだ。そんな不器用で素直な姿がいつになっても眩しい。

 

今回新MVを撮ったことも“SNSによって今まで以上に外からの声が強く届くようになり、自分の声を聞きずらくなっている環境を危惧”してのことだったと聞いて、真っ先に The Voice Within を思い出した。


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この曲も同じく『Stripped』に収録されており、「自分の(内なる)声をよく聴いて」という強いメッセージが歌われている。

 

“When there's no one else, look inside yourself like your oldest friend, just trust the voice within”

“You'll learn to begin to trust the voice within

“No one can stop you, you know that I'm talking to you

とくにここらへの歌詞が当時から好きだった。自分を信じることを「学んでいく」っていう表現、いいよねぇ。

このタイミングで歌う「あなたに言ってるのよ」は、大人に近い私でもハッとしたぐらいだから、当時のティーンには大きな勇気になっただろうと思う。

 

クリスティーナ・アギレラという歌手は、そのゴージャスなイメージからはほど遠く、実はとても泥臭いアーティストではないかと思う。だから彼女が歌い続けるメッセージに新しさはないかもしれない。

けれどそれをめげることなく何度も、どんな時でも歌い続ける姿に、私たちは彼女の強さを見ることができる。

今回の『Beautiful(2022ver.)』からも、そんな変わらない強さを感じることができ、ファンの一人として感無量だった。

 

▶そのほか、クリスティーナ・アギレラに関する記事はこちら

musiccloset.hatenablog.com

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ここまでお読みいただきありがとうございました!

今後も色々な音楽を聞いてブログに書いていきたいと思いますので、お時間があるときにおつきあい頂けたら嬉しいです!

 

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