先日、ハリウッドを代表する名俳優 Christopher Orme Plummer クリストファー・プラマー氏が91歳でお亡くなりになりました。
最高齢でオスカーを受賞した『Beginners(人生はビギナーズ)』(2010年)のほか、70年にも及ぶ彼のキャリアには数多くの受賞歴があり、演技三冠(アカデミー賞、エミー賞、トニー賞)を手にした数少ないカナダ俳優としてその死が悼まれています。
なかでも彼の代名詞としてあげられる役は、『The Sound of Music』の Georg Ludwig von Trapp ゲオルク・フォン・トラップ でしょう。
“トラップ大佐”と聞けば自然とこの映画のワンシーンを思い出す方も多いのではないでしょうか。
悲しみから音楽を封印した厳格な一家の長である彼が、主人公マリアの愛情と歌声に癒され、後半ではギター片手に自ら「エーデルワイス」を歌う姿は、名シーンだらけなこの作品の中でもとくに印象に残るシーンです。
Edelweiss from The Sound of Music
この曲を含めサウンド・オブ・ミュージックの音楽は
作曲家のリチャード・チャールズ・ロジャース(Richard Charles Rodgers、以下ロジャース)と
作詞家/脚本家のオスカー・グリーリー・クレンデニング・ハマースタイン2世(Oscar Greeley Clendenning Hammerstein II、以下ハマースタイン)
によって制作されました。
彼らのパートナーシップによる音楽の数々は、ミュージカル黄金期及び20世紀最高のミュージカル音楽と評され、その多くが現在でも愛され歌われ続けています。
今回はそんな彼らの音楽について代表曲やその魅力についてご紹介します。
後半ではより聞きやすい現在の歌手によるカバー曲などもあげていきたいと思います。
左がロジャース、右がハマースタイン。中央はアーヴィング・バーリン。(写真はWikipediaより転載しています)
ロジャース&ハマースタインが手掛けた名作の数々
ロジャース&ハマースタイン(以下R&H)とは彼ら二人で作られた作品の総称です。
作曲家のリチャード・ロジャースはニューヨークのクイーンズ出身。
ロシア系ユダヤ人の家庭に生まれ、幼い頃に見たオペラやミュージカル作品の作曲家に大きな影響を受けて育ちました。
1919年に 作詞家 Lorenz Hart ロレンツ・ハートとともにブロードウェイミュージカル『 A Lonely Romeo 』でデビュー。
ハマースタイン以前のパートナーシップ“ロジャース&ハート”として人気を博しました。
この時期にも様々な作品に携わり評価を受けていた二人でしたが、作品の方向性やロレンツの健康面の問題からタッグを解消しています。
一方のハマースタインもニューヨーク生まれ。
ユダヤ系ドイツ人の祖父をもち、父親は劇場主でした。学生時の演劇活動においてミュージカルの歌詞を書いています。
ハマースタインは歌と個人芸が主要だった当時のブロードウェイにしっかりとしたストーリー性を加え、現在のミュージカルの基本を作ったと言われています。
そして、彼らのパートナーデビューを飾り大ヒットとなったのが名作『Oklahoma!』(オクラホマ!)でした。
この作品は1943年に開幕したのち2200回以上のロングラン公演を記録。
さらに1955年には映画化もされアカデミー賞を受賞しています。
本作のサウンドトラックは1956年のアルバムチャート1位を獲得し、作品とともにほとんどの楽曲がスタンダードナンバーとして愛され続けてる傑作です。
'Oh, What a Beautiful Mornin’' | Gordon MacRae | Rodgers & Hammerstein's OKLAHOMA! (1955 FIlm)
以降は
『Carousel(回転木馬)』1945年
『State Fair(ステート・フェア)』1945年
『South Pacific(南太平洋)』1949年
『Rodgers and Hammerstein's Cinderella(ロジャース&ハマースタインのシンデレラ)』
1957年
『Flower Drum Song(フラワー・ドラム・ソング)』1958年
などを手掛け、数多くの作品が舞台のみでなくテレビや映画などのリメイクを経て演じられています。
Rodgers & Hammerstein's Cinderella (1957, Kinescope) - Julie Andrews, Jon Cypher, Edie Adams
R&Hのシンデレラはテレビシリーズ。「The Sound Of Music」の主役マリアでもお馴染みのジュリー・アンドリュースが演じています。
なかでも
『The King & I (王様と私)』1951年
『The Sound Of Music(音楽の調べ)』1959年
の二作品は、知らない人はいないのではと思うほど世界的にも有名ですよね。
どちらももはや映画版もスタンダードとなり、数々の名曲が多くの人に愛され親しまれています。
彼らが亡くなった際、ブロードウェイやイーストエンドの劇場街では、すべての照明を落として弔意を示したそうです。
ミュージカルの金字塔でありながらその礎も築いた彼らが、いかにミュージカル音楽家として重要で愛されていたか分かるエピソードですよね。
ちなみにハマースタインが最期に手掛けた曲は「Edelweiss」。
今回のプラマーの死を受けて聞き返すと、より感慨深い思いになります。
ブロードウェイにはリチャード・ロジャースの名前を冠した劇場もあります。
おすすめの代表曲
R&Hの曲はそれぞれが今更言うまでもないほど有名なものばかりですが、ここではとくに筆者のお気に入りの曲をいくつかあげていきたいと思います。
こんな曲あったな~と懐かしく思いながらゆっくりお聞き頂ければ嬉しいです。
Climb Ev'ry Mountain(The Sound Of Music)
Climb Ev'ry Mountain Finale from The Sound of Music
筆者が愛してやまない曲。
物語冒頭に修道院長がマリアに歌い、そしてナチスの追手から逃れたラストでも歌われます。
タイトル曲『The Sound Of Music』ともグラデーションしていくようなフレーズも憎いですよね。
R&Hの音楽が愛されるのは普遍的な音楽の構成もさることながら、その時々の歴史に寄り添い、しっかりしたメッセージ性をもっていることも一つの理由かもしれません。
You've Got To Be Carefully Taught (SOUTH PACIFIC)
"You've Got To Be Carefully Taught" - SOUTH PACIFIC (1958)
『南太平洋』は人種偏見について書かれた作品ですが、この曲はよりそのテーマが明確化された形で歌われます。
人は実際に人を憎んで憎むことを覚えるのではなく “憎むこと恐れることを、ぬかりなく教え込まされるんだ”
と繰り返される歌詞がとても印象的です。
今聞いても私たちが歌詞の真意を理解できるように、人間社会の終わらない偏見について鋭く指摘しています。
最近ではシンガーソングライターの巨匠ジェームス・テイラーがカバー。
James Taylor - You've Got To Be Carefully Taught (Official Music Video)
オリジナルアルバム『American Standard』収録。
諭すように歌われるこのバージョンを聞くと、現在の私たちが学び行動できることはまだまだ多くありそうだと考えさせられます。
You'll Never Walk Alone (Carousel)
You'll Never Walk Alone - Carousel 2018 Broadway Cast Recording
『回転木馬』の挿入曲。
“あなたは一人じゃない”というメッセージが示すように、コロナ禍のなかでも多くのアーティストによって歌われた一曲です。
リヴァプールのバンド Gerry and the Pacemakers (ジェリー・アンド・ザ・ペースメーカーズ)にカバーされたものがリヴァプールFCのサポーターソングになり、サッカー界のアンセムとしても知られています。
Gerry & The Pacemakers - You'll Never Walk Alone [Official Video]
R&H名曲のカバーを聞きながら思うこと
R&Hの曲は数多くのアーティストによってカバーされ、その度に新たな魅力や価値が生まれています。
ここでは、そのほんの一部をご紹介したいと思います。
[OFFICIAL VIDEO] My Favorite Things - Pentatonix
この曲とクリストファー・プラマーの訃報が重なり、今回の記事を書こうと思い至りました。(筆者はこういう偶然や巡りあわせに非常に弱いのです…)
「My Favorite Things」と言えばアリアナ・グランデの「7Rings」を思い浮かべる方も多いと思いますが、ペンタトニックスのこのバージョンも素敵です。
不安や恐怖に打ち勝つように「大好きなものたち」を心のなかで指折り数えていく…
そんな劇中の「勇気ある逃避」をきちんと受け継いでいる感じがお気に入り。
そして、そんな逃避感を三拍子のワルツ音楽で表現し、ファンタジックにしているのがオリジナルの素晴らしさであり、かわいらしくオシャレな部分だな~と思います。
"Edelweiss" (Sound of Music) | GENTRI Covers
男性テノール歌手三人で結成されたGENTRIによるエーデルワイスのカバー。
かなりテンポアップしていますが、この曲のもつ優しさや柔らかみはまったく消えていません。
音楽には男性の声で歌うとより柔らかみを増す曲というものがありますが(もちろんその逆で女声で歌った方がエッジのかかる曲もあります)、この曲もそんな効果のある曲の一つだなと思います。
それともこれもR&Hのもつ魔法でしょうか。
Jeremy Jordan and Laura Osnes | "The Next Ten Minutes Ago" | R&H Goes Pop! (Official Music Video)
R&H版シンデレラの挿入歌。
美しい二重唱をブロードウェイの若きスタージェレミー・ジョーダンとローラ・オスネスがロマンチックに歌い上げています。(当然と言えば当然なのですが、もうめちゃウマです…)
アレンジといい声の艶めきといい、現代版R&Hの真骨頂を見たような気分に。
オリジナルもとても素敵な曲なのでオススメです。
いかがでしたか?
この記事を書くにあたりひととおり曲をさらってみたのですが、本当にどれもこれも名曲揃いでまさしく彼らは稀代のヒットメーカーなのだと筆者も改めて感じました。
その一方で、当時の社会性やそのなかで生きる人たちの苦悩が表現された曲も多く、想像以上にシビアな印象を受けたものもありましたよね。
冒頭でふれたようにロジャースとハマースタインにはユダヤ系の生まれという共通点があります。
だからでしょうか。『南太平洋』や『サウンド・オブ・ミュージック』などで歌われる曲からは、偏見や排他的な考えに抵抗する思いが感じとれますし、そんな思いが曲の根柢に流れているからこそ、私たちは今でも彼らの音楽を身近に感じられるのかもしれません。
社会がまとまりにくい今の世の中だからこそ、彼らの「音楽の調べ」が訴えるものをしっかり感じてみるのもいいかもしれませんね。