いきなりですが、かつて「聴いていると悲しくなる音楽」のトップに君臨した曲をご存知でしょうか。
当時イギリスの研究結果で見事(?)一位に輝いたのは、The Verve(ザ・ヴァーヴ)の「
売れた分いろいろあった曲だけど、最近になって利権が戻ってきたそうで良かったです…
理由もなく久しぶりに棚からだして聞いてみたわけですが、改めてこの曲(とアルバム)に触れてみると、自分の予想以上にぐっとくるものがありました。
今年に入って無意識に諦めかけていたことや意識的に鈍化させていたものが、どんどん活性化されていくのが自分でも分かったのです。
(これはコロナ禍の今、新たに感じることがありそうだ)
そう思ったので、今回は彼が所属したバンドThe Verve(ザ・ヴァーヴ)と、バンドのフロントマンであるリチャード・アシュクロフトについて書いていきたいと思います。
90年代UKロックムーブメントの裏番長 The Verve
リチャード・アシュクロフト Richard Ashcroft といえば、1989年にデビューしたイギリスのロックバンド 【ザ・ヴァーヴ The Verve 】のフロントマンとして広く知られたアーティストです。
90年代に起こったUKロックブーム(所謂ブリットポップ)に呼応するような形でシーンにあらわれたこのバンドは『A Northern Soul』『Urban Hymns』などの傑作アルバムをリリースしています。
とくに『Urban Hymns』は世界総計1000万枚を売り上げ、英国内12週1位を獲得するなど世界に広くバンドの名を知らしめた作品となりました。
オアシスのギャラがー兄弟の絶賛や98年のブリットアルバム賞の受賞など、芸術的観点から見ても歴史に残る名作だと言えます。
この曲を聞くとニックがリチャードにサイケを歌わせたいと思うのも分かる…
正確に言うと、当時のブリットポップムーブメントとは違ったアプローチのバンドでしたが、リチャードの貫禄ある風貌や、シーンの表番長(?)であるギャラガー兄弟と仲が良いことから、私はひそかに彼をこの時代の裏番長のように思っていました。
2009年にヴァーヴは完全解散を迎え、リチャードは現在までに5枚のソロアルバムをリリース。Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガーにおいては89位に選出されています。
歌声が形どって見えてくるもの
個人的にリチャード・アシュクロフトの声はめちゃくちゃ好きなので、彼の声について少し触れさせてください。
ここでは失念しておりましたわ…
彼の声はエッジが効いているので、実はカントリーロックあたりが似合うような気もしますが、なかなかどうして…
この声が曲に落とされた瞬間、そのメッセージはよりリアルに、よりシビアに、そしてより掴みやすく聞き手に届きます。
わたしはブリットポップシーンを「豊かな時代が生んだ掴みどころのない怒り、そこからの精神的な解放」を歌う現象だったと理解しているのですが、その掴みどころのない虚無感や諦念を、彼の曲はより具現化した形で聞き手に提示しました。
乱暴な言い方をすれば、非常にシンガーソングライター的なパフォーマンスであり、そもそもの歌声に深みがあったのです。
彼の音楽に心を動かされるひとが多いのは、抽象的な世界観/時代感をバックに背負いながらも、彼の声が常にその核心を具現化してくれているからではないでしょうか。
どれだけ歌ったか分からないこの曲も、ここまで壊れ物を扱うように歌えるなんてすごい。
ずっと必要とされる音楽
The Verve 時代から数多くの名曲を生み出したリチャードですが、その曲作りに対する姿勢にはかなりの自信がうかがえます。
あるインタビューでカーペンターズのような楽曲の普遍性についても触れており、それを例えに出す矜持には「なるほど…」と妙に納得してしまいました。
普遍性と言ってしまえば簡単だけど、それはどんな時代にも受け入れられる音楽ということで、すでに限られている音数でそれを創りだすのは至難の技でもあります。(だからこそ様々な音楽ジャンルが生まれ、近年はノイズや電子音までもを駆使するようになったわけで…)
それでもリチャードはシンプルな音楽性にこだわり、それを貫き通した曲作りで今に至っています。常にクラシカルなオーケストラサウンドを尊重しているのも、そういった思いが関係しているのではないでしょうか。
パンチやエッジがなくとも、「音楽」を聞いたなぁ…という純粋な満足感が得られるのが彼の曲の真骨頂
おすすめ曲・代表曲
リチャード・アシュクロフトは現在まで5枚のソロアルバムをリリースしており、次々と名曲を生み出しています。
ここからは個人的なお気に入りの曲をあげていきます。
2006年ソロワーク3枚目の『
個人的に、これが最も自分の「リチャード・アシュクロフト像」に近い曲。虚無感や絶望を臭い立たせる歌詞にトライバルサウンドが効果的に響きます。
世界へつながる鍵を俺はもってる
でもそれを手にして 君は一体どうするっていうんだ
どんなに至高の場所(=世界)であってもパーフェクトに幸福な場所は存在せず、永久に満足は得られない…みたいな歌詞で、すべてはまずこの気持ちに立ってから始まると歌っています。
けれど彼は決して「果てしない空虚」を見せたいわけではなく、その解決方法をこのアルバム内で提示しています。そのシンプルな答えには説得力と微笑ましさがあり、ぜひアルバムを通して聞いて頂きたい曲です。
アルバム自体は上手くまとまっていた印象でしたが、時のCCCDを採用したためセールス面では障害になったような。
ジャケット……素敵すぎる!
2000年ソロワーク1枚目『Alone With Everybody』収録。アルバムは全英チャート1位。
この曲のように、彼はオーケストラサウンドを「クラシカルなまま」楽曲に落とし込むのが非常に上手いアーティストでもあります。
とくに弦楽器の使い方はピカイチで、これがあるのとないのとでは彼の音楽の伝わり方はまったく違うんじゃないかと思います。
それにも関係するかもしれませんが、彼には男性・女性双方が憧れるロマンチック性が備わっているのも特徴。
普段は相容れないことも多い「男が惚れる男/女が惚れる男の違い問題」ですが、インテリな世界観のわりに、このクラシカルな部分がうまくその橋渡しをしていて、結果的に大衆的な人気にもつながったんじゃないかと感じています。(実際、人間的にセクシーなアーティストだと思う)
2002年リリースのセカンドアルバム『HUMAN CONDITIONS』収録。 アルバムは全英チャート1位を獲得。
この「わけもなく泣けてくる」系の曲も彼は得意。
気だるい雰囲気のなかでも管楽器パートが曲の品位を保っていて、リチャードらしく好きなナンバーです。
彼の曲すべてに言えることですが、彼の歌詞はフォーマットがかなり高潔(リスナーと距離があるという意味ではない)で、その輪郭がしっかりしています。
個人的にはギリシャ時代の詩とあまり変わらないような、そのぐらい普遍性を感じるものだし、なかなかに洒落た頭の使い方をする歌詞もあります。
絶望や虚無感を代表する時代のアーティストが「音楽こそ力」と躊躇なくタイトルにしてしまうのが、彼の最高にしびれるところ。結局ファンはそこが好きなんだと思う。
前述した『
カーティス・メイフィールドの曲にリチャードの詞をのせて歌われています。
ここでも弦楽器が効果的に使用されていてクラシカルモダンな感じが心地よく表現されていますね。
5.
淡々と進むビートの上で、花開く歌詞が感動的です。2018年にリリースされたソロワーク5枚目『NATURAL REBEL』より。
毎度のことだがジャケットがかっこよすぎるんよ…
彼にしてはかなりシンプルなサウンドで構成されたこのアルバム。
もちろん、リチャード節は健在中の健在(笑)。泣けてきやがる…と、しみじみと酒がしみる曲が揃っています。
もともとカントリーに合った声質をしているので、こういうタイプの曲も違った側面から心に沁みてきますね。
ブリットポップが背負ったため息と 2020年の世界がついたため息
ここまで書いてきて何ですが、実はわたしはあまりブリットポップ/90年代UKロックシーンを聞かない人間でした。
これは単純に趣味嗜好の問題でどうしようもないのですが、もともと生の泥臭い音が好きで、なかなかこのジャンルまで手(耳?)を広げられない期間が長かったように思います。
つけ加えると、当時それらのバンドがセールス的に売れに売れていたというのも天邪鬼なわたしにとって悪く作用したかもしれません。
けれど、わたし個人はブリットポップ全盛期にギリあたった世代でもあり、この音楽が言わんとしていることや曲への共感性というのを、無意識に肯定できる距離にいたことも確かでした。
生産至上主義(が可能になってしまう)時代だからこそ生まれる、虚しさや脆さ、そしてそれに対する怒りや理由なき自己批判(アイロニー)。
姿形の掴めないこれらのプレッシャーは、これからもしばらく私たちの歴史につきまとうモヤモヤなのかもしれません。
なぜなら(当時よりいくらかマシになったとはいえ)SDGsに含まれるような具体的な解決策を、世界は未だに最重要視していないように感じるから。
けれどリチャードの音楽は、そんな「生きていく虚しさ」を一旦引き受け、いつの間にかそれを生きる原動力に昇華させてしまいます。
まさしく「いつ聞いても」私たち人間を、そしてこの世界をあきらめない強さ(と優しさ)に溢れているのです。
2020年。
程度の差はあれ、みんなが苦しんでいるこの時代。それでも結局は、淡々と歯を食いしばり、やり過ごし、耐えていくしかない日々でもあります。
それはひょっとすると、The Verve が立ち上がった頃の感覚的虚しさや「出口が見えない」という積み重ねの絶望に似ている部分もあるのかもしれません。
鬱屈として何から気持ちを整理していいか分からない日々を送っている方は、ぜひ彼の音楽を聞いてみてはいかがでしょうか。
確かに、一度はこころが悲しみでいっぱいになるかもしれません。
けれどその先に人間のもつ「純粋な怒り」に似た、生きるための力がふつふつと感じられる一瞬がきっとある。わたしはそう思っています。