コロナ禍のはじめ、日本ではクルーズ船についてのニュースが飛び交っていた頃です。
この国の行く末や世界のたどる未来、何より自分のことも大いに不安だった時期でしたが、それと同時に、このバンドのようなアーティストたちの存在が頭の片隅をよぎることがありました。
LIGHT IN BABYLON - Hinech Yafa - Istanbul
ライト・イン・バビロンのストリートパフォーマンス。この動画で注目を浴び、今では世界的に名の知れたワールドミュージシャンに。
雑踏のなか、確固たる意志をもって自分たちの音楽を届けるロマ系ミュージシャン。
圧倒的に自由な意思をもちながら、一度このような危機が起きると瞬時にその自由を封じられてしまう音楽人たち。
彼らはどうなるんだろう―――
今回はいつか書きたいと思っていたコスモポリタンバンド Light in Babylon ライト・イン・バビロンの音楽を紹介しながら、コロナ禍の今でもコスモポリタニズムを掲げ続ける音楽についてたったひと時だけでも考えていけたらと思います。
ロマ音楽で表現されるコスモポリタニズム
重ねての紹介になりますが、Light in Babylon ライト・イン・バビロンの特徴はコスモポリタンバンドということです。
コスモポリタンとは無国籍・世界人という意味で、彼らは国という境目や枠組みにとらわれずに生きる人たちでもあります。
グローバルと類似した言葉ですが「コスモポリタン」の方が形の定まっていない、なんとなくファンタジックなイメージが強い言葉のような気がします。
一方、ロマ音楽とは西アジアやヨーロッパで移動型の生活を送ることに由来するロマ族を中心に発展してきた音楽です。
スペインのフラメンコ音楽を思い浮かべることが多いと思いますが、実際はフランスからギリシャ(バルカン)、果てはインドやロシアなど幅広い土地に根差した音楽文化でもあります。
彼らはロマ文化を継承しつつ、その活動地域や音楽ジャンル、そしていかなる国と国とのボーダーにもとらわれることのないコスモポリタニズムの信念をもちながら、日々音楽活動をしています。
Light in Babylon documentary ARTE in english
こちらのドキュメンタリーでは自分たちの活動や出自に関する考えなど、複雑な歴史をもつ地域だからこそ生まれたボーダーレスな視点を垣間見ることができます。
メンバーと略歴
ライト・イン・バビロンのメンバーはその出自も様々です。
- Michal Elina Kamal マイカル・エリア・カマル(ボーカル、パーカッションなど)…イランをルーツにもつイスラエル人
- Julien Demarque ジュリアン・デュマー(ギター)…フランス人
- Meteha Ciftci メテ・チェフチェ(イラン伝統楽器サントゥール)…トルコ人
2010年にトルコのイスタンブールで結成。
前述したイスタンブールのイスティクラル通りでのパフォーマンス動画によって一躍人気となりました。
現在アルバムはデモ版をあわせて3枚をリリース。
イスタンブールを拠点にしながら、東西が交差するオリエンタルミュージックをベースに活動しています。
つい先月は日本主催の国際オンライン音楽祭にも出演。代表曲でもあるジプシー・ラブを披露しています。
Light in Babylon - Gypsy Love (official)
ちなみに国際オンライン音楽祭開催にあたってその趣旨の一文に強く共感しましたので、ここで引用させていただきます。
新型コロナウイルスの影響で、世界中のアーティストの音楽活動が難しくなりました。
特に国境を越えた国際的な演奏活動、国際文化交流が元の状態に戻るまでには時間がかかると予測されます。
音楽家は演奏の機会を失い、40歳までの音楽家に対するアンケートでは、約半数近くが 「アーティストとしての活動をあきらめようと思っている」というデータもあります。
20–30代の若いアーティストの将来性が見えなくなると、10代以下で音楽家を目指す人がいなくなることが危惧されます。
特に古来から継承されてきた伝統音楽、先住民族の音楽は重要な局面に差しかかっているのではないでしょうか。
出典:国際オンライン音楽祭「ABOUT US」より抜粋
10代以下で音楽家を目指す人がいなくなるかもしれないという表現には改めてハッとさせられました。これが現実になってしまったらそれは大変なことです。
この音楽祭では、まさにその瀬戸際にいる年代のミュージシャンたちが素晴らしいパフォーマンスをしていますので、ぜひラインナップをチェックしたのちお気に入りのアーティストの曲を聞いていただきたいと思います。
おすすめ曲
モロッコのサハラ砂漠で撮影されたダイナミックなミュージックPVが目を引きます。
マイカルのボーカルが異次元だということ前提で、それでもこの最高の舞台でこの「砂漠」という曲を聞けることはとても贅沢だな、なんて思ってしまいます。
歌詞はマイカルが担当しており英訳が概要欄についています。
Light in Babylon - Baderech El Hayam
個人的に好きな曲。
思い切りフラメンコ音楽に振っているので、彼らの音楽のなかでもとくに聞きやすい曲ではないでしょうか。哀愁のギターサウンドとサントゥールの神秘的な音色がたまりません。
踊り手としてのマイカルのパフォーマンスも同性ながら痺れるほど美しくて、毎回見とれてしまいます。
マイカルのバックを支えると悟りきっているような、淡々としたジュリアン(マイカルのパートナーでもあります)とメテのパフォーマンスも非常に良きです◎
とても美しい曲です。
歌詞は11世紀の詩人ソロモン・イブン・ガビーロールによるもので、セファルディー音楽のアレンジではないかと思われます。
中東やバルカン地域ではこのセファルディー(スペイン系ユダヤ人)の音楽文化が浸透していて、とくにその歌詞はそのまま中世ラテン語を使って歌われることもあります。
セファルディー音楽についてはこちらで詳しく書いています。
現代的解釈が入ったことも要因ではありますが、それを除いても中世特有の「生」がにおいたつような、聞きごたえある1曲になっています。
Imagine - John Lennon - Light in Babylon
一瞬ミスマッチにも聞こえますが、イマジンを地で行く生き方をしている彼らの音にいつの間にか魅かれてしまうはずです。
「後ろだてのない音楽」が教えてくれること
コロナ禍以降、私が聞くアーティストのSNSでは「help us」という文字を多く見かけるようになりました。
もちろん直接的な救助の意味ではなく「私たちの音楽を買って」というニュアンスでそのあと淡々と曲情報などが続くのですが、これまでは「support us」や「be patron」というかけ言葉だったのが、かなりシリアスな表現になっていて彼らが置かれている現実の重みを痛感しました。
けれど大人になった今、あれもこれも守ることはできないと知ってしまっている私(しかも一般人のなかの一般人)は、広く浅く聞いているアーティストの音楽すべてにお金をかけることなど無理だとも分かっています。
それでも自分が目に映る人々(自分が守りたいと思える人・モノ・コト)には少しでも貢献を続けたいし、世界の片隅で声を枯らして歌い続ける名前も知らないアーティストがいることは忘れないでいたい。
建設的な解決方法は見つからないし歯がゆい日々が続いていますが、せめてやるせない思いを含めてこのブログで綴っておきたいと思い今回書かせていただきました。
そして自分たちが厳しい状況でありながら、世界は一つだと強い信念をもって訴え続ける彼らアーティストのことを少しでも気づかい、コロナ禍の今だからこそ対立することでではなく彼らの声を有効な手段に変えていける世界であることを願っています。
Light in Babylon living room Live